市民の声が反映される社会をつくるには

市民の声は政治に反映されているか?

この国の代表者として選出され、国民の代表として信託を得ているはずの政権与党の国会議員の裏金問題。お金の管理に責任を取れないような議員たちを、国家のお金に責任を持たなければならない場に送り込んでいたのかと、市民の声を反映する政治になるわけがないではないかと、怒りを感じています。

さて、今年は韓国の中間支援組織を訪問するツアーや、社会学の研究者でいらっしゃる駒澤大学の李妍焱教授と語り合う会など、今までとは違う視点から自分たちの活動を眺める機会をいただき、新たな気づきを得ることができました。日本と韓国と中国は、それぞれに異なる歴史や政治体制でありながら、市民活動の興隆やその課題には多くの共通点があることがわかりました。日本は阪神淡路大震災の支援活動に集まった100万人を超えるボランティア参加を契機に、市民活動(=非営利活動)が認知され、この年はのちに「NPO元年」と呼ばれています。しかし、市民活動は、地域のニーズに応えるということだけがミッションではなく、社会の中で市民が主権者として力を持ち政治参加していくということが、少しずつ薄れていく可能性があることが課題となっています。

社会の中で市民が主権者として力を持ち(エンパワメント)、地域づくりを行うという条例が、2010年代に各地でつくられたあたりから「まちづくり」という言葉が広がりました。横浜市にも横浜市民活動推進条例がありますが、条例制定から年月を重ねてはいますが、市民活動団体は常に資金的な不安にさらされており、ボランティア精神を持たないと継続が難しいような団体も多い現状を見るにつけ、この国が真っ当なお金の流れをつくれていないのではないかと考えさせられます。民主主義は、自ら考えて行動する市民を主役とする政治体制ですから、市民を組織化して地域で実践を広げる活動団体を高く評価されるべきだと思っています。この社会を、企業を中心とした営利セクター・行政が担う公的セクター・市民活動を含む非営利セクターと分けるとすれば、あまりにも非営利セクターの割合はあまりにも小さいものです。このセクターバランスの歪さを改善するだけで、社会情勢はもう少し市民を主役とした真の民主主義になるはずです。